ヒラリー対トランプのアメリカ大統領選挙戦を、なんとなく目で追うのではなく、ちゃんと双方の政策、バックグラウンド、人間性を知った上で、より深いレベルで理解したい。
そんな想いを胸に1人で勝手に始めた”2016年アメリカ大統領選挙候補者研究プロジェクト”
選挙前に両氏についての本を1冊ずつ読み終えることはできましたが、ドナルド・トランプ氏についての読録は選挙が終わった後になってしまいました。
そして、両冊読み終えたらこうやってまとめを書こうと予め決めていたのですが、それも結局選挙が終わってからになってしまいました。
ですので、下に書いてあることは全て、トランプ大統領が誕生する前の自分の2冊を読み終えての見解をまとめたもの、という前提で読んでください。
>>春原剛氏著書の 「ヒラリー・クリントン – その政策・信条・人脈 – 」についての読録はこちらから
>>佐藤伸行氏著書の 「ドナルド・トランプ – 劇画化するアメリカと世界の悪夢 – 」についての読録はこちらから
バックグラウンドのおさらい
ヒラリー
1947年生まれの69歳。
父は厳格な共和党主義者(Republican) ※ヒラリーは民主党員(Democrat)
母は専業主婦
Wellesley大学卒業後、凄腕弁護士に。
そしてビル・クリントンと結婚し、1993-2001の期間においてFirst Ladyに。
オバマ政権中は国務長官
トランプ
1946年生まれの70最
父は不動産家で民主党主義者(Democrat)の大富豪 ※トランプは共和党党員(Republican)
母はスコットランド移民の慈善活動家
NY Military Academy, Fordham University, UPenn Wharton大学卒業後、不動産家、TVスター、アメリカ随一の大富豪に。
2度の離婚を経験し、現在の妻は3人目
1人目の妻との間に2男1女、2人目の妻との間に1女、現在の妻との間に1男
政治経験はほぼ皆無
ヒラリー、トランプが目指すアメリカの姿
ヒラリー
“It’s the economy, stupid!”
で知られる、夫ビル・クリントン元大統領が指揮した8年間は、ニューエコノミーとよばれるIT革命による経済成長にも助けられ、中間層が成長した8年でありました。
妻ヒラリーも、夫君ビルと同じく中間層の復活を目指しています。
また、使命感を感じているという女性の権利の向上も自らがロールモデルになることで果たそうとしています。
トランプ
“Make America Great Again”
レーガンを模倣するトランプは、アメリカ絶対主義、孤立主義でアメリカの雇用を移民から守ることを一番の政策としています。
Political Correctness (PC)が行き過ぎていると主張している白人労働者層を味方につけ、メキシコとの国境に壁を作るなど大口を叩き、違法移民を国外に追放するといっています。
また、中級階層を対象に減税したりと、貧富の格差が広がるアメリカにおいて弱者の味方をしています。
外交、対中政策
ヒラリー
TPPに関しては、最初はオバマ大統領の下、賛成派として活動していましたが、選挙戦の途中で一変反対的な立場をとるようになります。
アジア外交においてアメリカが主導的な立場に留まるためにTPPは必要、と述べていましたが、労働組合などからの強い支持を受けていたサンダーズ躍進の影響もあり「雇用を増やし、賃金をあげ、競争率を高め、安全保障に役立つとの確信が持てるまではYesといえない」と態度を急変させました。
中国との米中G2戦略には懐疑的で、経済的成長を遂げた中国を大国と認める一方、中国が大国相応の責任感を持ち、経済だけでなくモラル的な、人権的、女性の権利的な面からもリーダーになることを求めています。
そして、中国がそれに応じない場合は協力的にはなれない、とコワモテの態度で対中外交に臨んでいます。
また、アジアにおける軍事的存在感の強化も示しており、インドネシア、フィリピン、オーストラリアなどでの軍事拡大をすでに示唆しております。
トランプ
IS国からアメリカ国民を守るために徹底的なムスリムの入国禁止政策を掲げています。
また、過激イスラムの封じ込めを外交の軸とし、そのためには軍事力の行使も厭わないとしています。
軍力を強大なものにし、同盟国からは防衛負担金を徴収する、そんなルーズベルト以来の棍棒外交を推し進めるようです
また、外国からアメリカの雇用を守ることも、外交における重要事項として標榜しています。
そのため、中国との貿易には高い関税をかけ、貿易赤字を解消するとしています。
そして興味深いのはロシアのプーチン大統領と親密な関係にあることです。
アメリカはロシアに幾度もハッキングされている経緯があるので、プーチンとトランプの近すぎる関係性はアメリカ国民の反発を買いました。
同盟国との関係性が弱くなる一方、ロシアとの絆が強くなる、そんな外交政策を進めていきそうです。
対日政策
ヒラリー
アベノミクス第3の矢として、女性権利の向上を掲げる日本の安倍首相とヒラリーは相思相愛の関係にあり、幾度か会談を果たしています。
そこで、安倍首相が推し進める女性の社会進出のための政策をヒラリーは手放しで絶賛し、日本がアメリカとともにFeminismを促進するパートナーとなることを望んでいます。
一方、靖国参拝に対しては批判的な立場を取っており「例え国内の事情があるとしても、世界の平和を考えたときに同盟国の怒りを不必要に買うようなことは避けていただきたい」と公に非難しています。
また、Feminismを世界に浸透させていく上で障害となっていた韓国との慰安婦問題についても、ヒラリーからの重圧があったのか安倍首相は韓国との電撃和解をせざるを得ない格好となりました。
トランプ
「日本を含む同盟国は、アメリカがサービスしている安全保障に対して対価を払うべきだ」
というのがトランプが初めて政治に参加した1987年から一貫している主張です。
トランプが大統領に当選した暁には、日本はアメリカ軍の安保に対して「みかじめ料」を治める必要が出てくるかもしれません。
また、北朝鮮が核を持っているのに、日本が持っていないのは外交バランス的に危険である、など発言し、日本も核を持つべきだということを暗示しています。
汚点
ヒラリー
1989年に不良債権を抱えて倒産した貯蓄金融機関、マディソン・ギャランティーにたいして払われた公的な援助資金を、夫君ビルが知事選挙に当選した1978年、クリントン夫妻が友人と共に設立・共同経営していた不動産開発会社「ホワイトウォーター開発」を通じて、不正に政治資金などに流用したのではないか、と嫌疑がかけられた、いわゆる「ホワイトウォーター事件」はヒラリーが永遠に逃れることはできないであろう汚点となっています。
このときに求められた関連資料の提出を渋ったことや、政策に対してもFlip-Flop的にコロコロ立場を変える朝令暮改的な一面があることから、Congestial Liar(生まれながらの嘘つき)という不名誉なレッテルを貼られています。
国を率いていこうとする政治家としては、致命的です。
トランプ
不動産家として巨大な富を築いたトランプは、その内容がどうであれ、記事に自分の名前が踊ることは宣伝になり、利益を生み出すことを誰よりも心得ています。
そのため、多少の過激発言や嘘八百には全く躊躇する気配がありません。
また、真意がつかめない「ムスリム、イスラム教徒を国外追放する」「メキシコとの国境に壁を作る」など比喩的な表現も多いことや、アメリカ人の恐怖心を煽り、支持を得ようとするデマゴーグであること、さらには女性を軽蔑視していることなどから、アメリカ国民には、特にリベラルな層やヒスパニック系などのマジョリティー層には、トランプを猛烈に批判する人が少なくないです。
日本にとって望ましいのはヒラリー大統領? トランプ大統領?
ここまで、両候補をバックグラウンド、国内政策、外交政策、対中政策、対日政策、汚点の点から比較してみました。
両氏とも父とは逆の政党から大統領選挙に出馬している、両氏とも中間層の復活を臨んでいる、両氏ともタカ派である、などの共通点も見られましたが、女性の権利やロシアに対する姿勢、移民に対する政策などでは大きな相違が見られました。
また自分が読んだ2冊には取り上げられていませんでしたが、オバマ大統領が8年の任期で育ててきたオバマケアに関しても、両氏の政策は異なるようです。
では、日本人としては、どちらの候補が当選し、来る4年間のアメリカのリーダーとなることが好ましいのでしょうか?
ヒラリーが当選したとしたら、日本にはまず女性の権利の向上、すなわち女性の社会進出や育休制度の改善のさらなる促進を迫られるでしょう。
そして、靖国参拝の廃止などによるアジア諸国との関係改善も求められるでしょう。
逆にトランプが大統領になったとしたら、いよいよ日本は安保の見直しを余儀なくされるかもしれません。
唯一の被爆国であり、敗戦後の憲法で戦争のための軍隊を持たないと定めた現在の日本は、仮にアメリカ軍が防衛料を請求してきたとしたら、対価を払うしかありません。
日本が今から軍隊を持つ、または別の国からの軍事的サポートを強化する、というのは現実的に考えて難しそうですので、トランプが大統領になることは、日本としては経済的負担の増大を意味しています。
クリントン当選は更なる女性の社会進出という点を除けば特にプラスにもマイナスにも日本に大きな”Change”をもたらす気配が無さそうな中、トランプが当選すれば日本は軍事的負担が増える一方、なにか大きなプラスがあるようには今の所思えないので、ヒラリー・クリントン大統領誕生の方が日本にとっては好ましいシナリオであると言えましょう!!
ドナルド・トランプ大統領の誕生
と言ってみたものの、アメリカ国民は大方の予想を裏切り、トランプを選びました。
Brexit以上の衝撃を世界に与えることとなったトランプの勝利劇を前に、1週間経ってなお、アメリカは非常に当惑している模様です。
今回のトランプ当選を、多くのメディアは経済的な側面からなる白人労働者層による支持が勝因であったと報道しています。
現地で選挙の様子を追っていた徐東輝(とんふぃ)さんがblogで選挙結果をとてもわかりやすくまとめてありますので、詳しいことはそちらに譲ります。
簡潔に勝因をまとめると
- 12.5%を占めていたUndecided Votersが最後にトランプに多く傾いたこと
- 上の世代(35歳以上)の票をトランプが多く獲得したこと
- マジョリティーよりも、圧倒的多数である白人の票をトランプが多く獲得したこと
- 予想以上にトランプがラティーノの票を獲得したこと
- 高卒あるいは大学中退層が多くトランプに投票したこと
- プロテスタント、カトリック、モルモン、福音派などのキリスト教徒がトランプを支持したこと
などがあげられます。
多くの白人、中級階層、そしてトランプによって中傷されていたはずのラテン系が想像以上にトランプを支持したことから、国民の関心は人種平等、フェミニズムではなく、経済にあったのではないか、というのが大方のメディアの報じるところであります。
しかし、今回の選挙を終えてSNSで一番多くシェアされているのが、CNNの選挙番組に出演していたVan Jones氏が残した以下の言葉です。
Van Jones氏はトランプの当選が決定的になったとき、TVの前で今回の選挙戦を”White Lash”、つまり”白人による反逆”と比喩しました。
“It’s hard to be a parent tonight for a lot of us. You tell your kids, don’t be a bully. You tell your kids, don’t be a bigot. You tell your kids, do your homework, and be prepared. And you have this outcome, and you have people putting kids to bed tonight, and they are afraid of breakfast. They are afraid of, how do I explain this to my children. I have muslim friends who are texting me tonight, saying should I leave the country…
This was a rebellion against the elites… we’ve talked about everything but race tonight, we’ve talked about income, we’ve talked about class, we’ve talked about region, we have not talked about race, this was a whitelashm this was a whitelash against a changing country, it was a whitelash against a black president, in part. And that is the part, where the pain comes. And Donald Trump has a responsibility tonight, to come out and reassure people that he is going to be president of all the people who he has insulted, offended and brushed aside…”
「今夜はたくさんのアメリカ人の親にとって悲しい夜となりました。子供にいつも、友達をいじめてはいけない、差別をしてはいけない、宿題をしてよく勉強をしなさい、そういい聞かせて育てている親にとって、明日の朝食から始まる新しいアメリカ合衆国は恐怖でしかありません。中傷、差別のシンボルであるトランプが大統領になり正当化された今日、子供になんて説明すればよいのでしょうか?私にはムスリムの友達がいますが、”俺はこの国を出た方が良いのだろうか”と聞いてきます…
今回の選挙は富裕層に対する反逆の勝利でありました… 今夜私たちは多くのことについて討論してきました。収入、格差、ローカル地域の尊重。でも、人種についてはまだ今夜誰も触れていないので、一言言わせてください。今夜の選挙の結末は白人による多様社会に対する反逆の表れであります。白人による、リベラル色に進化していくアメリカに対する反逆、黒人大統領による統治に対する反逆です。それこそが、今夜多くのアメリカ国民が胸を痛めている理由です。今夜、トランプ氏には彼が今まで中傷してきたマイノリティー層に対して、マイノリティーや女性などを含むアメリカ国民全員の声を代弁する大統領になる、と誓う責任感があります。」
このVan Jones氏の言葉が多くのメディアやSNSで取り上げられシェアされているということは、それだけ多くの国民の声を代弁した名言であったということです。
つまり、このVan Jones氏の残した言葉こそが、トランプ大統領誕生に対するヒラリー支持層の国民の反応であると言えましょう。
それに対してトランプ支持者は、先述した通り、投票の分布から見ても予想以上のマイノリティーがトランプに投票していることから、彼らにとって自分自身の経済的安定の方がよっぽど大事であったということになります。
つまるところ、こういうことになります。
トランプ支持層の最大の関心は経済にあり、自分たちアメリカ人の雇用を守ってくれるのであれば、人種差別や女性軽蔑問題は後回しでもよかった。
一方、ヒラリー支持層の関心は人種平等、男女平等にこそあり、それを侵害するトランプは到底許せず、経済的な政策などは二の次であった。
何も、トランプ支持層のほとんどが、マイノリティーや女性を軽蔑していたわけではないと思います。
ただ単に、それより自分たちがアメリカという国で生活してくことを考えたときに、雇用を生み出してくれるであろうトランプを支持したのでしょう。
ただ、そのために支払った人種、女性差別の象徴の大統領就任、という犠牲にヒラリー支持層はとても納得できないのでしょう。
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南北戦争以来、アメリカにおけるリベラルと保守層でこんなにきっぱり亀裂ができたのは初めてではないか、といわれています。
自分も今回の選挙の結果には驚きました。
ヒラリー色の強い日本に住み、ハーバード大学というリベラル色の強い大学を卒業した私は、正直トランプ支持者を見かけたことがなかったので、今回の選挙を通じて自分が知っているアメリカは、アメリカのほんの一部でしかないということ、そしてアメリカという合衆国の巨大さに改めて気付かされました。
佐藤伸行さんのドナルド・トランプについての本には、アメリカ国民から英雄として見られているレーガン元大統領も、俳優からの転身であったため就任当時はかなり不安視されていたが、結局大成功をおさめたと記されています。
トランプは確かに暴言が多く、とても多くのアメリカ国民の反感を買っています。
しかし、彼が掲げた「メキシコとの国境に壁を作る」などの政策全てが、実行に移されるとは思いません。
大統領の行き過ぎた政策を阻止するためにも、アメリカの政治にはLegislative, Executive, judicialという3つの機構があるわけで、トランプの下につくであろう実力者たちがうまく彼をコントロールしてくれるでしょう。
今は予測不可能なトランプですが、終わってみればレーガンのような改革者となり、アメリカを再び”Great”にする、その可能性も決して見捨てたものじゃないと思います。
ですが、今回の選挙はそれ以上に、カルチャー的な側面から、未来の子供達の人種差別や女性軽蔑を促進させかねない、そのようなネガティブな不安要素を結果的に生んでしまったことは、間違いないでしょう。
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